地下室の手記 9枚目
「自弁頼む?」
知らない言葉を当たり前のように使わないで欲しい。
詳しく聞くと、お金を払うことでお昼ご飯をグレードアップさせることができる様だ。
こんな逮捕された直前に昼飯を良いものを食べようと考える奴がいるのだろうか。呑気なものだ。
その他にもお菓子としてビスケットやらオレンジジュースやらを頼むことができるらしい。最終的なお金は留置場を出る時に払うという。私はどれにも魅力を感じることができず断った。昼飯なんて、何でもいい。
逮捕されて一夜明けた。洗顔だったり朝飯だったりは何も考えなくても必要最低限の事として行動できたが、それらを終えてしまうと何をしていいのか分からない。
今頃みんな大学に行っているのだろうか。今まで自分がいた場所を遥かなる低みから見物するのは胸が締め付けられた。友達が特別いるという訳ではなくあまり心配されない事や、もうすぐ春学期が終了して夏休みになるため大学の知り合いはそこまで気に留めないということが、せめてもの救いだった。
何故自分はこんなところにいるのだろう。今日は大学で授業がある。
逮捕される直前までやっていたレポートを提出しなければならない。
パソコンの画面に映っていた数式を見て、警察官は全然わからないなどと言う。何故か馬鹿にされた気分だった。
「変な気起こすなよ」
逮捕された時に言われた言葉が思い返される。
私を勉強のし過ぎでおかしくなったと思われている。爆弾を作った奴とも同じにされた。
理系でそこそこの学歴というだけでちょっと変わった目で見られる。物理やら化学やら数学やらをしていると尚のことだ。私は爆弾なんぞ作れない。
爆弾が作れればよかったのだ。そしたらそれ相応の対応である。
皆が勝手に期待をして落ち込んでいく。
これほど必死に生きている奴の足を掴んで面白いか。
大学に行ったら私より賢い人がたくさんいる。
彼らは逮捕されるほど馬鹿じゃない。理論物理を左手で解くような奴らだ。
私の臆病な自尊心と尊大な羞恥心に気持ちが逸る。それを身動きできない檻の中で押さえつけるのは私にはできなかった。頭の中に考えが浮かんでは消えていった。