地下室の手記 11枚目
「君に弁護士をつけることができる」
そのように眼鏡をかけた警察官は言った。
弁護士か。彼女に罵声を浴びせたLINEの文面は、逮捕された時に私が指さしたものの写真を撮られている。何を弁護するというのだろう。
ただ、私はこの事件がとても大きな有罪判決になるとは思えなかった。
「国選弁護人か私選弁護人か選んで欲しい」
小学生の社会で習った言葉を学校以外で使うとは思わなかった。日本の教育は素晴らしい。
「皆さんどちらの弁護士さんをつけておられるのですか」
何となく周りに合わせたかった。碌に顔も見たことが無い人達だけれども。
「ここにいる人達は国選が多いね」
それはそれで意外だった。何だかんだ罪を軽くしたいなら私選にするものだと思った。
ただ、実際に国選か私選かを判断するのは自分では難しかった。そもそも国選にしても私選にしても弁護士であることは変わりなく、本質的にはお金を払うか払わないかの違いだけだった。何か権限が異なるといった明確な差異は無く、要は弁護士のやる気の問題だ。少なくとも私はその時そう認識していた。そしてそのやる気の差は、今回の事件ではあまり反映される余地が無い様にも思えた。
幾つか罪を犯して両者を比較する機会があれば別だが、残念ながらそういう機会に恵まれていない。
暫く迷っていると警察官が再び声をかけた。
「判断するにあたって、君の貯金額も知っておきたい」
警察側の判断基準としては、貯金額が50万以上あれば私選にすると言うのが一般的らしかった。実際に書類に自分の貯金額を記入するところがあった。
「株は資産に含みますか」
またややこしい問題ではあるが、私は貯金額の大半を株券に変えていた。株を売れば50万はあるが、現金としてはあまり持っていなかった。
警察官は少し考え言った。
「そういうのじゃなくて直ぐに引き出せるものがいい」
彼は株のことは詳しくないのだろう。株を現金に変えるのはすぐできるのだが、あえて言わなかった。結局私は貯金額として数万円程度の額を記入し、国選弁護人をお願いすることになった。
弁護士は早くて今日の夜か明日にはこちらに来るという。国選弁護人を選んだ事への一抹の不安をひた隠し、その時を静かに待った。