地下室の手記

獄中日記

地下室の手記 10枚目

飯も食べた。洗顔もした。髭も剃って、風呂も入った。

それでもまだ午前10時を回ったくらいだった。

 

何を、すればいいのだろうか。

これが一体いつまで続くのか、考えられなかった。

1日を乗り切ることすらできる自信が無かった。

 

家にいたら退屈でも退屈なりに時間はすぐに過ぎていっていただろう。

休日ならこの時間でも惰眠を貪っているかもしれない。

 

しかし今は風呂にも入って目が覚めてしまった。ゆっくり眠る様な気分でもない。

普段だったら何をしていただろう。

テレビを見たり、パソコンでネットの海を泳いだり、買い物に行ったりできた。

そういえば来週はテストもレポートもある。

昨今の単位不足の中、辛酸を嘗めつつ大学図書館の机に噛り付いて、埋まっている単位を掘り起こしていたかもしれない。

 

そういった普段の無駄にしていた、無駄だと思っていた時間ですら、今となっては価値のあるものの様に思える。

 

 

唯一の救いとなるのは本であった。

朝運動に行くのと同時に、本棚から3冊まで同時に借りることができる。

私はこのやることの無い長い長い夏休みを、読書をして過ごすことが決まった。

 

本棚は布団を戻す押し入れの側に1つだけある。

6段になっており、1番上はハードカバーの本。2,3段目は文庫本で、私はここから3冊取った。留置場にいた際にどの順番でどの本を読んだかは正直覚えていないが、一番最初に読んだのは湊かなえ作『白ゆき姫殺人事件』だった。残り2つは東野圭吾の作品だっただろうか。『探偵ガリレオ』と『流星の絆』だったように思う。

 

白ゆき姫殺人事件 (集英社文庫)

白ゆき姫殺人事件 (集英社文庫)

 
探偵ガリレオ (文春文庫)

探偵ガリレオ (文春文庫)

 
流星の絆 (講談社文庫)

流星の絆 (講談社文庫)

 

 

 

 

本棚の構成として、全体的に推理小説物が多かった。

ハードカバーの本にもそれは当てはまるが、たまに『君たちはどう生きるか』の様な留置場にあって然るべき本も存在していた。

 

4,5段目は漫画だった。古い漫画が多く、1日3冊という制限の中で早く読み終わってしまう漫画を手に取るのは勇気が必要だった。私は留置場にいる間は一度も漫画を読まなかった。そもそも活字の方が好きだった。

 

6段目は外国人のための英語の本だった。こちらも殆ど見向きもしていないが、私が外国人だったらここでの生活は耐えられないだろう。それくらい本の数が少なかった。また、辞書の様なものも6段目に押し込まれていた。

 

全ての本のカバーは外されていた。何かを檻の中に隠し持つことが出来ないようにしてあるのだろう。加えて本には図書館などでよく見られるような印で「○○警察署」と刻印してあった。正直こんなところから本を借りたくは無かった。

 

 

私は『白ゆき姫殺人事件』を手に取った。なるべくゆっくり読むように心掛け、一文一文を咀嚼し反芻した。タイトルから分かる通りこちらも推理小説であるが、作中に「警察」の文字が出る度に嫌気が差した。

 

彼らは自分の職務を全うしているだけであるが、今回の出来事で私は心から警察が嫌いになっていた。ただの逆恨みであることは重々承知しているが、感情というものは湧き出てくるものだから仕方がない。

 

 

純粋に推理小説が楽しめない気分になっていたが、それでもどうにかして読み進める。

その時、その忌々しい警察官が錠を開けた。