地下室の手記 2枚目
警察は早朝に来るという話を聞いたことがあるが、私の場合は深夜だった。
自宅で手錠を掛けられた私は、警告灯のついていない警察車両に乗り、深夜に警察署に向かった。最後部に乗せられ、両脇に二人の警察官、前に1人、運転席に1人。
移動中、速度制限50km/hの所を70km/hで運転していた。
目の当たりにした事実に、分かってはいたが所詮世の中こんなもんなんだなと思った。
「速度制限には寛容なんですね」
その時の自分は逮捕されるようなことをしただろうかと実感が湧いていなかった。
平気な顔で少し軽口を叩いた。一人の警察官が後ろを向いて答えた。
「寛容という事はないけど、1,2km/hなら捕まえたりしないよ」
思っていた答えが返って来なくて沈黙してしまった。
少し考えて、彼らは市民を捕まえる側として考えているのだと理解した。
自分たちが速度制限違反を犯している、捕まえられるという考えは、最初から持ち合わせていなかったのだ。
この車の事ですよ、と言おうとしたが、話を変えられた。自分たちの事を言われていると気付いたのかどうかは、暗い車内のその表情からは読み取れなかった。
「彼女に沢山ひどいことをしてきたんだろう」
そう言われた。何か知っている風な口振りであったが、心当たりが無かった。
そんな事無いですよと言いたかったが、その話し方が気になったし、何か自分が忘れているだけで他にも問題を起こしていた可能性も捨てきれず、僅かに首を傾げただけに止めた。
車両は警察署の裏手に停められた。
裏口からすぐに中に入るので、当然周りの人に見られることは無かった。
剥き出しの手錠は、暗闇という分厚い布で覆われ、人目に付くことは無かった。